講義名: 中国の文化と社会の諸問題中国における思考形態と生活形態
時期: 昭和25年~昭和29年
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倉石武四郎博士講義ノートアーカイブ

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中村氏はこうした見地から中国人の思惟方法乃至形式をインド人のそれと比較し[br]
て極めて重要な差違をかかげた。即ち古代インド語たるサンスクリットにおいては「[br]
SはPなり」という判断をするときにPの方を先に述べるが、中国人はこれと正反対[br]
にSの方を先に述べる。この点から中村氏は中国人について(一)普遍的なものより特殊[br]
的なもの乃至個物に注視し、(二)主体的なものよりも客体的に把捉し得るものを[br]
重視し、(三)見えざるものに対する見えるものの優越を認める、すなわち感覚[br]
作用によって知覚されたものを特に重視するという思惟傾向があると指摘した。これは[br]
インド人の判断における(一)個物あるいは特殊よりも普遍に注視し、(二)客体的[br]
な対象よりも主体的な側面に留意し、(三)既知のものよりも未知のものに憧憬を[br]
懐いていた、という考え方を裏返したものである。従っていわゆる「SはPなり」の判断[br]
においてPがSに先だつということがなぜこうした結論を導いたか、インド語についての[br]
説明をきかねばならぬ。これについて中村氏の説明は(一)判断のばあいに主語が個物ま[br]
たは特殊のものを表示するに対し述語は普遍を表示するから、述語面を重視し[br]

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たインド人は普遍を重視したといえるし、これを実体と属性というカテゴリーにあては[br]
めると、実体よりも属性を重視したといえる。(二)主語は客体化された観念内[br]
容を表示する、すなわち何かの意味において実体を表示するが、述語はむしろ客[br]
体化されない主体的な観念内容を表示するから、インド人は人間の主体的側[br]
面に注視したといえる。(三)主語は多少とも既知の観念を表示するが、述語の表示[br]
する観念はより多く未知である。主語は具体的直接的に経験されているが、述[br]
語の観念内容は一応直接的経験から抽出分離されているから、インド人は既知[br]
のものより未知のものに注視したといえる、というのである。これは一応三種類の概念[br]
類型によって説明されているが、実は全く同じ傾向のもので、つまり主語は特殊で[br]
あり実体であり客体であり既知であって、述語は普遍であり属性であり主体[br]
であり未知である。その述語が主語より先に述べられることは述語の持つ属性が[br]
主語の持つ属性より重んぜられることを示す。それには「何となれば一般にいかなる言語にお[br]
いても強調する語を文の最初に置くということが通例であるからである」三七頁 ということが[br]

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自明の道理としてあげられている。同時にこれを裏返した中国人のばあいもこれから極[br]
めて容易に結論される。[br][brm]
わたくしは始めこの書物のまだ世に現れない頃、岩波の思想に載せられたほ同じ[br]
趣旨の論文をよんで目を見はった。それは余りにもわれわれの中国の言語に対する考えかたと[br]
は違った行きかたであったからである。もちろん中国人が実体的客体的また特殊な[br]
ものを重視することは結論としてむしろ賛成でさえある。しかしそれがこのSはPなり[br]
の判断形式、特にインド語との相反からかく簡単に証明できたというゆきかたに[br]
驚いたのであった。それが更にこの書物によって世に公にされ、またその批評が運わる[br]
く中国人の思惟方法の章についてではあるがわたくしに割りあてられたので、やむなく哲[br]
学雑誌二号にそれに対する疑問を投げざるをえないことになったのである。その疑問の[br]
第一はインド語と中国語といったように非常に性質の違う言語――それは後にやや詳[br]
しく述べたいことであるが前者は Indoeuropean または Indogermanic familyと呼ばれ[br]
て現在のヨーロッパ諸語と近い関係にあるにもかかわらず後者は Sino-Tibetan Family[br]

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と称せられ、全然屈折のない単音節語である。中村氏は中国も昔は屈折語であった[br]
のが後に歴史時代に入って屈折を失ったという説を引いていられるが、これはわたくしにとっ[br]
て決して信じがたい架空の理論である。少なくともわれわれが問題にし得る範囲、す[br]
なわち文字による記録が考えられる限りにおいてそういう事実はない以上、理論[br]
として考えたとしてもこれによってわれわれの論争を牽制する力はないから、これは暫[br]
く論外とする、とするならばわれわれの現在まで所有する証拠を通じてみて[br]
この二つの言語が世界の言語の中でも最も性質を異にするものであると考えて差[br]
支ない。これだけ相違の甚しい言語を捕えてこれを比較するとき、たとえ論理構[br]
造だけを抽象しようとするにしても、そしてSとPとの順序はたまたま正反対である[br]
がためにそれが如何にも論理構造を裏返ししているように見えても、それ以外の要素が[br]
すべて捨象されてよいものか、また抽象されたSとPとの順序も、この二つの言語による[br]
思惟構造を決定するためのオールマイティであるといえるかどうか、そこは慎重に考えね[br]
ばならない。ことに最も注意すべきことは中村氏のいわれる「一般にいかなる言語に[br]

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おいても強調する語を文の最初に置くということが通例である」という定理であって、[br]
……が通例であるというのは絶対に除外例がないということか、あるいは大部分がそ[br]
うかということか、曖昧な表現であるが、もし除外例がありうるとしたらその言語につい[br]
てはこの原則は適用できない。のみならずこうした通例が「いかなる言語においても」[br]
認められるということには大きな ? を加える必要があるとわたくしは思う。サンスクリ[br]
ットについて素人が口出しすべきではないが、中国語をとって考えたとき、もし強調と[br]
いうことばを文中における stress の意味にとったとして中国語は果して文の最初[br]
に置かれた語に stress が加えられるであろうか。今かりに雨がふったというとき下[br]
雨了というのは雨に stress があるし、もし下に stress をおくならば下起来了とか[br]
下!下!とかいって雨を略するか、または雨下起来了という形にする。これはたまたま[br]
It rains といったような特殊な表現であるとするならば、三年間言葉を[br]
勉強したというとき、我学了三年的中国話ともいえるし中国話我学了三年了とも[br]
いえるが、こうした順序の相違は全く stress と関係するもので中国話が最後にあれ[br]

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ば言葉を学んだということが三年間ということより重く見られていることを歌っており、逆[br]
に三年が最後に置かれるとすると言葉のことはわかっているがもうこれで何年になるか、もう三[br]
年にもなるという感慨の籠ったことを示しているから、いずれにしても強調は最後にあ[br]
る、というのがわれわれ中国語で飯を食っているものにとっての常識である。してみれば[br]
もしそれが除外例だとしても不幸にしてインド語と中国語という世界の数限りな[br]
い言語の中から二つだけとりだされたその一つが除外例であったとすると、中村氏の議[br]
論は足もとから崩れざるをえない。すなわちインド語でPSと並べるところを中国語で[br]
SPと並べたとしてもそれはSを強調したことにならないわけで、従ってSの性格が[br]
特殊であり実体であり客体であり既知であったとしても直に中国人が特殊や実[br]
体客体既知を重視し、同時に普遍属性主体未知を軽視するという結論[br]
は出て来ない筈である。哲学は論理の学問である以上、その論理の基礎としての[br]
定理は極めて周到な吟味のもとに適用しない限り、意外な破綻を招かないと[br]
も限らない。破綻はこれのみに止まらない、中村氏の重点が論理にあること[wr]当[br]

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然[/wr]であり、自然SとPとに着眼されたわけであるが、それはSとPとによる論理[br]
の発達した Indo‐european系の言語について云えるとしても、中国語にはそういう[br]
種類の観念がすぐ適用できるかどうかである。Indo‐european 系の言語では[br]
主語述語は論理の命題として「SはPなり」の判断形式が容易に成り立つ。すな[br]
わち理智的態度で全体が統一されたとき、そこに主概念と述概念とに二分さ[br]
れ、意識は線条性をなして進んでいくことがわかる。しかもそれは「SはPなり」の判断[br]
に限られて「……は……であるか」ということも「……は……どうこうする」ということも一度これ[br]
から除外される。まして中国語のごとき、これと非常に異った構造の言語では主語[br]
は決して論理の命題としてのみ意識されない。それは日本語についても近来いろいろ[br]
な反省が行われ、日本語で「あそこに電車が止まっている」といったとき、主部は電[br]
車でなくして「あそこ」であるという解釈も成り立つし、三宅武郎氏「僕はうなぎだ」というときも[br]
「吾輩は猫である」式の論理のほかに、お昼飯に何を食べるかという相[br]
談のときのことばとすれば全然別の意味になる。三尾砂氏 このことは中国でも[wr]趙元任[br]

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氏[/wr]が Mandarin primerの序に述べている。すなわち我是両毛銭といったからとて僕[br]
は廾銭だということでなくてわたしについて云えばわたしの買ったのは二十銭だったということ[br]
にもなるし、鶏吃不了といったからとて鶏はこれ以上食べないということでなくて、鶏の御[br]
料理はもう結構ですといって主人のすすめを断わることにもなる。更に興味のあるこ[br]
とは中国語で「一つの椅子に二人の人が腰をかけている」という同一の状態について[br]
両個人坐一把椅子ということもできるし、一把椅子坐両個人ということもでき[br]
る。その区別はさきに学了三年的中国話と中国話学了三年了とのことで説いた如く、一[br]
把椅子ということに重点をおけば前の表現でよいし、両個人に重点をおけば後[br]
の表現になる。すなわち日本語でむりに表現すれば「二人の人間が一つの椅子に腰[br]
かけている」と「一つの椅子に二人が腰かけている」とならないこともないが、これは中国語[br]
におけるようなニュアンスの相違を必ずしも示していない。少なくとも文字だけではどち[br]
らだということはいえない。しかし中国語では必ず stress を加えなくともただ順序だけ[br]
によってそれが判断できる。これほど順序によってニュアンスを示すことのできる言語は[br]

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おそらく他にないと思われる。こうした言語を専らSはPなりで押さえようとする[br]
所に方法論の誤り乃至粗漏が認められる。しかし中国語といえどもSはPなりとい[br]
う論理を示すことはでき、その場合はもちろん先ずSそれから是、それからSを[br]
含む属性を示すことばが来る。従ってこの是をただちに is 乃至 be動詞 に相当[br]
せしめ、これを繋辞という人もある。しかし元来是そのものは中国では一種の代名[br]
詞乃至指示詞で前にあげた既知のものをふたたび是で示し、これに属性を示す[br]
ことばを加えるというのであって、もとより動詞ではなく、ただ二つの概念を前後に[br]
並列したあいだに入ってその境界を示すだけのものである。いわばまず既知の概念[br]
を口に出し、次ぎに未知の概念を口に出すだけのことである。従って是を省略す[br]
ることも可能であって、いわば西洋語の apposition と見てよい構造である。ただこう[br]
した言いかたにおいて既知の概念を先に出し未知の概念を後に並べるというこ[br]
とは確実であるが、だからといって既知の概念を重視するという方向にもっていくこ[br]
とはむつかしい。むしろ重点はあくまでも未知の概念にあり、これを引き出すための[br]

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場を作るのが既知概念を加える理由である。それからいえば日本語のそこに電車が[br]
止まっているも僕はうなぎだも同様で、いわゆるSPの論理と同じ型のものが全くそれと違[br]
った意味をもそのままで示せるという処に、主格または主語という観念がすでに同じくな[br]
いことがわかる。そうした大切な根本的な点の差を無視してSPの順序だけ[br]
によって下される結論はきわめてその過程において危険であり、たとえ答はある程度[br]
合っていても式が危ない以上満点をつけることは困難である。これについてはイェスペルセン[br]
も早く述べている「語順は専ら心理的理由できまっているというものではない。全く[br]
因襲にすぎないことが多いし、当該言語独特の慣用法則で決定されて言主個[br]
人の意思に左右されないことが多いものである」と。おそらく中村説の危険な点は[br]
こうした各言語の中に存する慣用や因襲についてあまりに捨象しすぎたためで[br]
あって、そうした誤りが犯されたというのも中国語全体、少なくとも中国語の文法[br]
または文章法としての構造について認識がなく、もとより中国の社会や文化につき[br]
その考えかた生きかたを通して考えることが欠けていたからである。[br][brm]